喘息② ストーリー

その喘息、未完了の感情がお腹に影響しているからかもしれません

誰でも、生きていると、ネガティブな出来事を経験したことがあると思います。そのとき「怒り」「悲しみ」「恐怖」といった感情を感じたかもしれません。

そういったネガティブな感情を感じ続けるのは苦しいので、ときに、無かったことにしたり、あるいは、気づかないフリをしていると、その後の人生、何かの拍子で、自律神経や内臓のはたらきにに悪影響を及ぼす場合があります。

事実、私自身がそうでした。

私の喘息改善ストーリー

虚弱体質だった幼少期

少しだけ、私自身の個人的な話をさせてください。幼少期から虚弱体質だった私は、「小児喘息・慢性鼻炎・過敏性腸症候群」、主にこの3つの自律神経症状に悩まされていました

 

ゼーゼー、ヒューヒュー、

もう無理…

 

幼児期は、しょっちゅう風邪をひき、熱を出しては、保育園を休んでいました。

小学校のときには、2泊3日の移動教室など、ちょっとしたイベント前、あるいは旅行中にでも、突然、喘息発作が起きる、こんなことが頻繁にありました。

そのため、毎週水曜日、自宅から40分ほどの、東京都中野坂の上の喘息専門の病院に、喘息予防のための吸入器を受けに、約2年間通い続ける。その空いた日に、慢性鼻炎の治療に耳鼻科に通う。

私は、そんな、呼吸器系がとても弱い少年時代を過ごしていました。

あの頃、お腹も弱かった…

呼吸器と共に弱かったのが、お腹がある消化器。しょっちゅう下痢をしていました。

実は、呼吸器と消化器は、ものすごく関係があります。

 

特に、消化器で困ったのが高校時代、私は、硬式野球部に所属していました。部での上下関係によるストレスが影響してか、練習中、お腹がすぐ痛くなり、トイレに駆け込んでいました。

「お~い、川上、川上はどこだ?」

と監督さんが私を呼び出す声を、トイレの中から何度聞いたことか…。

 

高校を卒業後、20代を過ぎてからも、外出中、トイレに駆け込むことが頻繁でした。お恥ずかしい話、途中で漏らしてしまうことも度々ありました。

吸入器が効かなくなった…

それでも、過敏性腸症候群より、一番悩まされたのが、喘息発作です。

喘息発作は、人生のその時々で、治まったり出たりの繰り返し。

その中でも、幼少期から10代より、更に苦しくなってきたのは、20代後半からです。その頃から、それまで頼りにしていた気管支拡張のための吸入器が、だんだん効かなくなってきました。

喘息発作がひどいときは、100m走を全力で20本走った後のような苦しさに見舞われます。そんな発作が深夜に出ると、一晩中、仰向けで寝てられません。

そんな状態で歩こうとすると、2,3歩で立ち止まり、一度手を膝について休む。それで、また歩こうとするも、

 

ゼーゼー、ヒューヒュー、

もう無理…

 

といったように、歩くのも非常に困難なほどの息苦しさでした。

二人の師との出会いで、ようやく喘息体質の克服へ

こんな喘息発作が、20代後半から30代後半まで度々続きました。

気管支拡張剤の効き目が無くなってから、他に何をしたらいいのか分かりません。深夜の発作は、恐怖でしかなく、本当にギブアップ状態でした。

 

でも、誤解しないでください。私は、ここまでの話を病弱自慢をしたくて書いている訳ではありません。そして同情を引きたくて書いているのでもありません。そんな必要は全くないのです。

なぜなら、私は、幸せなことに、鍼灸と漢方薬、二人の師に出会えたからです。

 

喘息発作や慢性鼻炎が出たり引っ込んだりしながらも、二人の師の施術と処方のおかげで、慢性鼻炎・過敏性腸症候群、そして念願だった喘息発作に苦しむことを克服することができました。

そうっか、オレ寂しかったんだ…

こうして、喘息が少しずつ改善していく過程で、自分自身の喘息の正体を掴むことができました。

それが、冒頭にお話ししました、『未完了の感情』です。私の場合、その感情は、「悲しみ」そして「寂しさ」でした。

 

東京で生まれた私は、2歳のときに、両親が離婚しました。2歳上の姉は母方に、私は父方に預けられることになりました。

ところが、父は育てる甲斐性がなく、当時、北海道に住んでいた祖母が上京して、祖母に育てられることになりました。

自分自身、もの心ついたころには、おばあちゃん子だったので、それ自体、当たり前で、普通に生活できていた「つもり」でした。

 

しかし、人生のその時々で、家族の光景に触れる機会があるたび、心のどこかで、「寂しさ」を感じていました。

その感情を感じないようにすればするほど、自分の本心が分からないものになってきました。

 

感情は英語で”emotion=ex(外へ)+motion(動かす)”と表されるように、本来、外に「エネルギー」として出すものです。

感情を感じずに、内に閉じ込めたままでいると、当然、内にエネルギーを溜め込んだままになってしまいます。

 

特に、そのエネルギーが溜まりやすい場所は、胸です。胸にエネルギーを溜め込み過ぎたことで、「息のしにくさ=生きにくさ」となり、その象徴として、喘息になったのでした。

そういったことに、徐々に気づくようになっていきながら、潜在意識に封印していた想いに向き合うようになりました。

 

取り組んだことといえば、難しいことでありません。

「あ~、あのとき、寂しかったんだな~」

と、ただ、その感情に気づき、認めてあげただけです。

 

その過程で、徐々に「悲しみ」で滞った負のエネルギーが消化(浄化)され、私の喘息が改善しました。

この経験を活かそうと決断したことによって、『人生の目的』が明確になり、喘息が「苦しみ」から、「プレゼント」に転化していきました。

「漢方鍼灸×ストーリー」の力で改善

ここまで、私の「喘息改善ストーリー」をお読みいただき、誠にありがとうございます。

自律神経症状は、単に、肉体面だけでなく、「思考・感情」などの精神面のトラブルによって起こり得ることが、ご理解いただけたでしょうか?

 

以上のような、私自身の喘息の経験が、今では、鍼灸師としての財産となって、喘息の施術に活かされています。

それは、きっと「気管支拡張が効かなくなって、何をしたらいいのか分からない」と喘息に苦しまれている方の力になると信じています。

当院では、漢方医学的な病気のメカニズムの追求を行いながら、症状の根底に流れる人生のストーリーという観点から症状改善に力を入れております。

漢方鍼灸院 大阪市てんま吉祥堂

〒530-0041大阪府大阪市北区天神橋4-8-25 長田ビル3階